言葉はさんかく、写真はしかく

 

「前世は文章を書く仕事をしてました」「えっ?」

 

一度だけ占いに行ったことがある、前世占いだ。

当たるらしいよとの噂を聞いて、ドキドキしながら向かった。

中央線沿いの薄暗いアパートの1階、お清めのために焚かれたお香の匂いが

する部屋で占い師の女性にまっさきにこう告げられ、ぽかんとしてしまった。

言葉のボキャブラリーが少ないからか、文章を書くのは苦手なはずなのに?

「頼まれた時だけ書いていたみたいですね」気ままに暮らしていたようである。

 

考えていること、感じていることにぴったりくる言葉がみつからない時に

ついありがちな言葉で済ませてしまったりして、ほんとはもっと違うんだけどな…

と心の中でもやもやする。たいていの場合、気持ちのほうに言葉が追いつかない。

 

写真は言葉がなくても見てもらえれば伝わる、ずっとそう思っていた。

しかし、写真を発表するときに短い文章を書くように言われ、ペンを握りしめて

真っ白い紙を前にして何日間か固まってしまった。

なぜ撮ったのか、何を伝えたいのか。うーん、苦手だなぁ。

撮ったのは反射的なものでぐっときたからだし、でもそうも言っていられない。

時間がかかったけどなんとか書き終えてみると、たしかに言葉が添えられたら

写真に対して違ったとらえ方もできるし、理解も深まる気がする。

 

尊敬してやまない写真家の川内倫子さんや長野陽一さんの書く文章も

それぞれお人柄がにじみでていてとってもステキだ。

考えてみたら、たくさんの写真家の人が文章を書いていることに気がついた。

写真と言葉にはなにか深い関係があるのかもしれない。