喫茶店、ラブ

 

わが家では3時になると母のお手製のおやつがよく登場した。

健康志向の母が忙しい仕事の合間にせっせと作ってくれたおやつの定番は

蒸しパンやヨーグルトのババロア、おやきといったヘルシーなもの。

どれもおいしくて、遊びにきていた友達にもとても好評だった。

しかし、たまにはよそいき顔のはなやかなおやつが恋しくなる。

 

親戚のおばさんに連れられて、近所の喫茶店にいくのが楽しみだった。

茶色くほの暗い店内のカウンターに座り、生クリームがちょこんとのった

コーヒーゼリーに添えられてきたガムシロップを慎重にかける。

大人たちの会話をそれとなく聞きつつ、小さなスプーンでひと口ずつ大切に味わった。

母が留守のときは、父が「内緒だぞ」と喫茶店のようなスナックのような不思議な

お店からチョコレートパフェの出前をとってくれた。

歩いても1分かからないくらいの距離なのに、なぜか出前だった。

細長いグラスにコーンフレーク、その上にバナナやアイスがこんもり盛り付けられて、

チョコレートシロップがかけられたうるわしい姿のパフェが届くとうっとり眺めた。

畳のうえのパフェ、それはもう夢のような出来事。うれしかったなぁ。

子供の私にとって喫茶店とは、日常にぱっとあらわれる特別な空間だったのだ。

 

旅先や散歩の途中、気になる喫茶店があるとふらりと立ち寄るようになった。

そのお店ごとにちがう雰囲気やメニューを見るといまだにワクワクする。

好きなとき、自由に喫茶店に行ける。あぁ大人って素晴らしい…。

 

 

写真集カフェの店主にきいた5つのこと

 

 

にぎやかな駅前を通りすぎ、神社のよこにある大きな通りを一本入った

しずかな住宅街に溶けこむように「フォトブックカフェ ボーツ」はある。

本棚には国内外問わず集められた約700冊の写真集、メニューを見ると

こだわりの豆で一杯ずつ丁寧に淹れるコーヒーのほかに店主の出身地、

愛知県のご当地グルメの小倉あんトーストや鉄板ナポリタなんてのもある。

荻窪にオープンしてから、まもなく1周年を迎えるこちらのお店。

なぜ写真集のあるカフェをはじめようと思ったのか?

1979年生まれ、同世代の店主 舟橋さんに気になるあれこれを聞いてみた。

 

Q 写真との出会いは?

 高校生のときに「写ルンです」を学校に持っていき友人などを撮っていた。

 大学で写真部に入り、初めて一眼レフカメラを買った。

 

Q 写真集に興味をもったきっかけは?

 雑誌スタジオボイスの「写真集の現在」という特集でまだ知らない写真集が

 たくさんあることを知り、実際に見てみたくなって図書館に通いはじめた。

 

Q 写真集の魅力は?

 自分にとっては癒しに近い感じ。一瞬でその写真家の世界に行けること。

 

Q 店内の写真集のセレクトの基準は?

 国内海外問わず、新旧かたよらないようにその作家のシリーズの中で自分が

 一番いいと思う写真集を選んでいる。

 

Q お店のおすすめメニュー

 ハンドドリップのスペシャルティコーヒー。

 

店内には座り心地のいいイスがゆったりと並べられ、小さく音楽がかかっている。

飲み物を注文したら、さて今日はどの写真集にしようかと棚を眺める。

ページをめくっていると知らない場所へ旅にでかけているような感覚になる。

おいしいコーヒーを飲みながらゆっくりと写真集と向き合い、楽しんでほしい。

そんな店主の想いが込められているお店だ。

 

 

 

しあわせな150円

 

温泉地で生まれ育ったせいか、ほかの温泉地を訪れるとつい偵察という気分

になりがちだ。お湯の匂いをチェックして、お土産屋さんの店内をぐるっと

ひとまわり、町になじんでいる感じのいい喫茶店はあるかしら、と探す。

どれもそこだけ時が止まっているような、かぎりなく昭和的なものが好み。

今回は「信州の鎌倉」と言われる別所温泉へ偵察に…旅に行ってきた。

 

田んぼの間をのんびり走るローカル線の終点、別所温泉駅はミントグリーン

と白の配色がアイスクリームみたいな、こぢんまりした木造の洋風建築。

何度か塗り直されたようだけど、昭和初期に建てられた姿のままだそう。

改札では女性職員さんが大正ロマンよろしく華やかな袴姿で出迎えてくれる。

 

町を散策してから、さっぱりしようと3つある外湯のうち大師湯へと向かった。

券売機で150円の入浴券を買い、番台に座っているご婦人に渡すと入り方の

マナーを教えられた。これは間違った入り方をしたら怒られそうな雰囲気だ。

暑いと地元の人は家のシャワーで済ませるそうで、湯船は貸し切りだった。

ちょっと熱めのお湯だけどえいっと入ってしまえば、はぁ〜と思わず声がでる。

硫黄のにおいもきつくないし、なんだかまろやかな感じがする。

肩までつかるとあちこち歩いた旅の疲れが、やわらかいお湯にとけた。

 

「いいお湯でした〜」と番台のご婦人に声をかけると、ふっとほっぺたがゆるんで

「そうでしょう、外湯は他にもあるけど私にはここのお湯が1番。もう50年以上

入ってるんだよ。お肌つるっつるになるんだから!」とうれしそうに教えてくれた。

きっと地元の人の自慢の温泉なんだろうな。

 

ぶらっと訪れた旅先で温泉につかり、その土地を身体いっぱいで感じる。

こんなに贅沢でしあわせな150円の使い方、ほかには思いつかない。

 

 

 

 

 

父とニューヨーク

 

何年か前にアメリカに住んでいる姉を訪ねて、父と旅をした。

 

海外にほとんど行ったことがない父、私も姉のところへ行くのはこれが2回目。

迷わないようしっかりエスコートしなくては、と責任が肩にのしかかる。

それにくわえて初めての2人旅、とにかく父も私もかなり緊張していた。

 

長時間の飛行機、通路をはさんで隣に座っている父をちらっと見るとめずらしく

本なんて読んだりしている。機内で読もうとわざわざ家から持参したらしい。

何回見ても寝ている様子はなく、2人とも一睡もしないままニューヨークに到着した。

空港で出迎えてくれた姉を見つけてかけ寄ると手に「takagi」と書いた小さな紙を

持っていて思わず吹きだした。笑ったのとホッとしたのとで泣きそうになるのを

必死でこらえる。とりあえず無事にアメリカに着いたのだ。

 

タイムズスクエアのカフェで顔の大きさほどある本場のニューヨークチーズケーキを

食べたり、ロックフェラーセンターの70階にある展望台からオレンジ色にきらめく

マンハッタンの夜景をみた。目の前に広がる夢のような景色にうっとりする。

翌日は自由の女神を間近で見ようと、行列に2時間ほど並んで船でリバティ島へ渡った。

「意外に小さいね!」自由の女神の足元ではしゃぐ姉と私をよそに、父は淡々と

観光をこなしている。楽しんでいるのかなぁ…だんだん心配になってくる。

 

ひと休みしようと行ったセントラルパークは、広々とした公園にたっぷりと樹が植えられ

緑のトンネルのようになっていて、葉っぱの間からさしこむ太陽の光が気持ちいい。

さっきまでいた街とは対照的なゆるやかな空気にリラックスして、思いっきり伸びをした。

ベンチに腰掛けていると、かわいらしいリスがタタタっと目の前を横切った。

あちこちに野生のリスがたくさんいる。動物が大好きな父のテンションはみるみる上がり

デジカメを取り出すと、レンズをめいっぱいズームにして夢中で写真を撮っていた。

 

帰国してアメリカで撮ってきた写真を見ながら「また行きたい」と言っている。

結局、この旅で父が1番よろこんでいたのはリスをみた時だったのだ。

それなら日本でもいいんじゃないか?と心の中でつっこむ。

 

 

言葉はさんかく、写真はしかく

 

「前世は文章を書く仕事をしてました」「えっ?」

 

一度だけ占いに行ったことがある、前世占いだ。

当たるらしいよとの噂を聞いて、ドキドキしながら向かった。

中央線沿いの薄暗いアパートの1階、お清めのために焚かれたお香の匂いが

する部屋で占い師の女性にまっさきにこう告げられ、ぽかんとしてしまった。

言葉のボキャブラリーが少ないからか、文章を書くのは苦手なはずなのに?

「頼まれた時だけ書いていたみたいですね」気ままに暮らしていたようである。

 

考えていること、感じていることにぴったりくる言葉がみつからない時に

ついありがちな言葉で済ませてしまったりして、ほんとはもっと違うんだけどな…

と心の中でもやもやする。たいていの場合、気持ちのほうに言葉が追いつかない。

 

写真は言葉がなくても見てもらえれば伝わる、ずっとそう思っていた。

しかし、写真を発表するときに短い文章を書くように言われ、ペンを握りしめて

真っ白い紙を前にして何日間か固まってしまった。

なぜ撮ったのか、何を伝えたいのか。うーん、苦手だなぁ。

撮ったのは反射的なものでぐっときたからだし、でもそうも言っていられない。

時間がかかったけどなんとか書き終えてみると、たしかに言葉が添えられたら

写真に対して違ったとらえ方もできるし、理解も深まる気がする。

 

尊敬してやまない写真家の川内倫子さんや長野陽一さんの書く文章も

それぞれお人柄がにじみでていてとってもステキだ。

考えてみたら、たくさんの写真家の人が文章を書いていることに気がついた。

写真と言葉にはなにか深い関係があるのかもしれない。