はじめての個展

 

六本木というと、なんとなく大人の街というイメージで近寄りがたい。

それまで数えるほどしか行ったことがなかったけれど、私にとって特別な

場所になったのは2014年の秋のことだった。

 

富士フイルム主催で新しくはじまった公募展「写真家たちの新しい物語」で、

夏の佐渡島を撮った作品を選んでいただき、東京ミッドタウンの中にある

富士フイルムフォトサロンで個展を開催させてもらえることになったのだ。

10年以上かけてコツコツと撮影していた写真がようやく見てもらえるという

おおきな喜びとともに、得体のしれないプレッシャーを勝手に感じていた。

初めての個展を六本木で、しかも第1回目が自分って…大丈夫だろうか?

小心者の私。めずらしく眠れない夜が続いた。

 

そんな弱気なことを言ってる間にも、DM制作や展示するプリントの色チェック、

会場で配るチラシ作り、やることは山積みで準備はどんどん進んでいく。

富士フイルムの担当の方、恵比寿にあるプロラボ TCKの方々、友人などに

助けられながら、さわやかな秋晴れの日、ついに初めての個展がはじまった。

 

いつも小さなファイルで見ていた写真が大きなサイズに引き伸ばされライトを

浴びてどこか誇らしげに並んでいるようで、胸がいっぱいになった。

ミッドタウンという場所のおかげもあり、会場にはたくさんの方が来てくれた。

自分の写真を知らない人たちが見てくれているという状況がなぜか恥ずかしくて、

会場にある小さな受付スペースに、できるだけ気配を消して身をひそめていた。

お昼時には近くのサラリーマンらしい集団が休憩のついでにのぞいてくれたり、

DMを置かせてもらったカフェの女の子、専門学校時代の友人、地元の長野から

家族や友人、仕事仲間や、佐渡に住む友人もわざわざ見に来てくれた。

 

写真を見て笑っていたり、つっこんでいる様子を陰からこっそり見守りながら

(こーゆう風に楽しんでもらいたくて私は写真を撮っているんだなぁ)とあらためて

思い、しみじみとうれしかった。佐渡の撮影をはじめた頃から、これまでの日々を

振りかえると、ありがとうと伝えたい人たちの顔が次々に浮かんだ。

 

長いようで短かった7日間。

最終日の閉場時間になると設営会社のプロの手によって展示してあった50枚ほど

の写真はあっという間に外され、何ごともなかったようにもとどおり入っていた箱に

ぴったりとおさまった。今までのは夢だったのかと思うほど、あまりに一瞬の出来事。

余韻にひたる間もなく荷物を両手に抱えて外にでて、ぼんやりと立ち尽くした。

終わったんだ…六本木の風に吹かれて、天高くそびえるミッドタウンを見上げた。

そして手伝ってくれた友人と姉と、シシリアでささやかな打ち上げをした。

 

写真展の準備から本番まで、楽しくも嵐のような怒涛の日々が過ぎて、

終わってホッとしたのか、そのあと高熱がでて2日間寝込んだのでした。

 

 

 富士フイルムフォトサロンHP   https://www.fujifilm.co.jp/photosalon/

 

 

 

ロック師匠

 

実を言うと、押しかけアシスタントをさせてもらったのは1回だけじゃない。

 

写真の専門学校時代にライブカメラマンを目指していた。

大好きな音楽に身をゆだねながらシャッターを押すなんて最高じゃないか。

自由課題のテーマを「ライブ」にして、都内のライブハウスに通っては撮影

する日々。イベントで演奏してるのは知らないバンドばかりだったけど、

小さなライブハウスにはいろんな人の夢が詰まっているようで楽しかった。

 

当時、愛読していた音楽雑誌に尊敬してやまないライブカメラマンの人がいた。

構図とかピントがどうこうとかを越えた写真で、お客さんの興奮やその場の

空気感が写っていて、ぱっとひと目見ただけでその人が撮ったとわかる。

音が聴こえてくるようなライブ写真で、かっこいいなぁ〜としびれてしまう。

どうにか弟子にしてもらえないだろうか…考えに考えたすえアシスタントの

募集もしていないのに出版社に電話をかけたのだった。

若いってなんて怖いもの知らずなんだろう、勢いだけがすべての20代前半。

 

一度会ってもらえることになり、渋谷のカフェでブックを見てもらった。

憧れのカメラマンに写真をみてもらえることに緊張しまくりの私。

「う〜ん…いいんじゃない?」持参したライブ写真にはほぼノーコメントで、

憧れのカメラマンは目の前でおいしそうにフルーツパフェを頬張っている。

普段アシスタントは必要ないけど、ちょうど夏フェスシーズンで人手がいる

ということで、間近にせまったフジロックに同行させてもらえることになった!

人生に運というものがあるならばすべて使い果たしたな、と思うほどの幸運だ。

 

フジロックは、新潟の雄大な山の中にいくつかのステージをつくって行われる

日本を代表する音楽フェスで、海外からも有名なミュージシャンがたくさん来る。

私のメインの仕事は、入り口から離れた場所にあるステージまで機材を運ぶこと。

山道を予備のカメラ、レンズ、フィルムなどが入ったずっしりと重いバックを

師匠のあとについて一緒に運んだ。楽しそうにはしゃぐ人たちとすれ違う。

ステージ前に到着すると、日焼けしたガテン系の男性カメラマンが何人かいた。

日頃の運動不足がたたってか、機材を背負って歩いただけでへろへろな自分が

今からこの場所に挑戦するのは無理なんじゃ…と初日で心が折れてしまった。

 

ライブがはじまると特に手伝えることがなくて「見てていいよ」という師匠の

優しい言葉に甘えて、お客さんに交じって音楽をめいっぱい堪能した夏の3日間。

ステージ前でロックに撮影する師匠の姿を、遠くから見ていた。かっこよかった。

これが人生で初めてのアシスタント。若かったとはいえ、いま思えば世間知らず

で失礼なことばかりだったと恥ずかしくなる。

きっと、役にたたないひよっこアシスタントだったに違いない。

でも、ここには書ききれないほど楽しくて忘れられない貴重な経験だった。

 

憧れのフジロックに連れていってくれた師匠に感謝です。

 

 

 

 

 

アシスタントになりたくて

 

20代も後半に突入した私はモーレツに焦っていた。

写真の専門学校を卒業して何年かたち、アルバイトをしながらぼんやりと

写真家になりたいと思ってはいるものの、どうしたらいいかわからなかった。

いろいろな人の経歴をみるとほとんどがアシスタントを経てから独立している。

よし、まずはスタジオで働こう、と何社か応募したけどひとつも受からない。

体育会系のきびしいスタジオではまだ面接だというのに声が小さい、もっと

ハキハキ!と注意されて(この業界、向いていないのかも…)とへこむばかり。

フリーカメラマンのアシスタントの条件は車の免許を持っていてスタジオ

経験者というものが多く、どちらもない私は悶々とした日々を送っていた。

 

コマーシャル・フォトという雑誌で年に一度フォトグラファーの特集があり、

たくさんの写真家の作品と連絡先がのっていて、毎年発売を楽しみにしていた。

同年代ですでに活躍している人たちもいる。うらやましい気持ちでめくっていた

その中にカメラマンのМさんをみつけた。お花や、インテリア、京都の写真が

掲載されていて、どの写真もかわいらしくとても好きなテイストだった。

八方ふさがりになっていた私は「アシスタントにしてもらえませんか?」

と募集もしていないのに、いきなり電話をかけたのだった。

 

突然あらわれた弟子になりたいというなぞの人物におどろいていたけれど、

とりあえずお互いの作品を持って一度会いましょうと言ってもらい、暗室に

通ってプリントした渾身のブックと共に待ち合わせ場所の原宿へ向かった。

喫茶店でМさんが見せてくれた仕事の写真やプライベートの作品はどれも

ステキで、アシスタントになって現場をみたい、一緒に働きたいと思った。

「これは自然光にみえるけど、スタジオの中で光をつくって撮影してるんだ」

ずっと知りたかったこと、学校の授業より何倍もおもしろい雑誌の世界に

興奮した私は質問ばかりしていたけど、ひとつずつ丁寧に答えてくれた。

その短い時間で、今まで目の前に重くかかっていた幕が一気にひらいて光が

ぱーっとさしたようだった。未来がほんの少しだけみえた気がした。

 

「まずは見学からはじめてみる?」帰り際に思ってもみなかった言葉が!

「履歴書を持ってきます!」と言うと「名前と連絡先を書いてくれればいいよ」

とМさんは白い紙を指さすのだった。初対面なのに、なんておおらかな。

そして自分のことを信用してもらえたのかなと言ううれしさと、これから

はじまろうとしている新しい展開に、胸がいっぱいになったまま家路についた。

あとで聞いたところによると、同じ時期に男の子からもメールでアシスタント

の問い合わせがあったそうだ。あぁ、いきなり電話してよかった。

 

こうして念願だったアシスタント生活がようやくはじまった。

 

 

 

 

ポートフォリオレビュー

 

恵比寿の「めぐたま食堂」で行われたポートフォリオレビューに参加してきた。

こちらのお店は5000冊ほどある写真集が自由に閲覧できるので恵比寿に来ると

たびたび訪れている。ポートフォリオレビューでは写真評論家の飯沢耕太郎さん

にブックをみてもらえるというかなり貴重な機会だ。気合が入る。

今回は参加者7名と見学の方が2名、中には関西から来たという方もいた。

私も含めて、わりと年齢層が高めだったので落ちついた雰囲気の中ではじまった。

朝の9時30分からなので久しぶりに学校で授業をうけているみたいで背筋がのびる。

 

1人ずつ順番に作品を広げて飯沢さんから質問を受けたり、アドバイスをもらう。

モノクロやトーンを抑えめにしたどこかミステリアスな作品の方が多かった。

他の人の講評中もタイトルのつけ方や、写真を並べる順番など参考になることを

必死にメモをとりまくった。(勉強になる〜!)と心の中で思う。

ある女性のとき、本人は選ばなかったけどたまたま予備として持ってきていた中に

とてもいい写真があって、これは入れるべきだよ!と飯沢さんが力強く言っていた。

なるほど、自分のセレクト外にいいものがあったりするんだ。

 

私は新しくまとめた家族の写真を持っていった。

長野にある実家を夏と冬に撮影したもので、働く両親の姿や町の風景などを

分厚くてレトロな表紙のアルバムにL版のプリントで100枚ほど貼った。

子供の時に親がつくってくれたような、実家感あふれるアルバムである。

20年ほどちまちまと撮っているので枚数はあるものの、どこまで私生活をいれるか、

見せ方などで迷っていた。ひととおりブックを見終わった飯沢さんからのアドバイスは

「現代美術寄りにしてみたら?」私「!!」自分では思いつかない発想におどろいた。

この素朴な写真を…?と同時に新しいイメージも広がった。や、やってみよう。

 

飯沢さんは「未完成のものにヒントになるようなアドバイスができたら」と

言っていたので作品をつくっている人は気軽な気持ちで参加してみたらいいと思う。

レビューをきっかけに作品の方向性がガラッと変わるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

つまるところ、愛

 

なぜフィルムで撮っているのか?と聞かれることがある。

 

私が写真を撮りはじめた頃はほとんどがフィルムで初めて手にしたカメラは

「写ルンです」だった。中学校の友達を撮っては、いとこのお姉さんが働く

写真店に持っていく。できあがるまでの数日、楽しみでそわそわ待っていた。

ほかの親戚も写真館をしていたり、写真を撮るのが好きなおじさんが多いから

もしかしたらそーゆう家系なのかもしれない。

 

35ミリのネガを手にとって光に透かしてみるとちいさな一コマに大切な

ひとや風景、思い出がちんまりとおさまっていてそれがとっても愛おしい。

デジタルみたいに撮影してすぐに確認できないけれど、現像を待っている

そのゆるやかな時間も自分にとっては必要な気がしている。

 

暗室でプリントするのが好きというのもある。

暗い部屋のなか、たしかこの辺にあったはずと手探りで作業をすすめる。

ピントを合わせて慎重に印画紙をセットしたら、息を整えてからそっと

露光のボタンを押す。それはまるで祈りやおまじないのようだ。

きっと、プリントに撮ったときの気持ちまで焼きこんでいる。

 

フィルムで撮る理由。それはつまるところ、愛なのだと思う。

 

 

 

 

 

 

写真集カフェの店主にきいた5つのこと

 

 

にぎやかな駅前を通りすぎ、神社のよこにある大きな通りを一本入った

しずかな住宅街に溶けこむように「フォトブックカフェ ボーツ」はある。

本棚には国内外問わず集められた約700冊の写真集、メニューを見ると

こだわりの豆で一杯ずつ丁寧に淹れるコーヒーのほかに店主の出身地、

愛知県のご当地グルメの小倉あんトーストや鉄板ナポリタなんてのもある。

荻窪にオープンしてから、まもなく1周年を迎えるこちらのお店。

なぜ写真集のあるカフェをはじめようと思ったのか?

1979年生まれ、同世代の店主 舟橋さんに気になるあれこれを聞いてみた。

 

Q 写真との出会いは?

 高校生のときに「写ルンです」を学校に持っていき友人などを撮っていた。

 大学で写真部に入り、初めて一眼レフカメラを買った。

 

Q 写真集に興味をもったきっかけは?

 雑誌スタジオボイスの「写真集の現在」という特集でまだ知らない写真集が

 たくさんあることを知り、実際に見てみたくなって図書館に通いはじめた。

 

Q 写真集の魅力は?

 自分にとっては癒しに近い感じ。一瞬でその写真家の世界に行けること。

 

Q 店内の写真集のセレクトの基準は?

 国内海外問わず、新旧かたよらないようにその作家のシリーズの中で自分が

 一番いいと思う写真集を選んでいる。

 

Q お店のおすすめメニュー

 ハンドドリップのスペシャルティコーヒー。

 

店内には座り心地のいいイスがゆったりと並べられ、小さく音楽がかかっている。

飲み物を注文したら、さて今日はどの写真集にしようかと棚を眺める。

ページをめくっていると知らない場所へ旅にでかけているような感覚になる。

おいしいコーヒーを飲みながらゆっくりと写真集と向き合い、楽しんでほしい。

そんな店主の想いが込められているお店だ。

 

 

 

言葉はさんかく、写真はしかく

 

「前世は文章を書く仕事をしてました」「えっ?」

 

一度だけ占いに行ったことがある、前世占いだ。

当たるらしいよとの噂を聞いて、ドキドキしながら向かった。

中央線沿いの薄暗いアパートの1階、お清めのために焚かれたお香の匂いが

する部屋で占い師の女性にまっさきにこう告げられ、ぽかんとしてしまった。

言葉のボキャブラリーが少ないからか、文章を書くのは苦手なはずなのに?

「頼まれた時だけ書いていたみたいですね」気ままに暮らしていたようである。

 

考えていること、感じていることにぴったりくる言葉がみつからない時に

ついありがちな言葉で済ませてしまったりして、ほんとはもっと違うんだけどな…

と心の中でもやもやする。たいていの場合、気持ちのほうに言葉が追いつかない。

 

写真は言葉がなくても見てもらえれば伝わる、ずっとそう思っていた。

しかし、写真を発表するときに短い文章を書くように言われ、ペンを握りしめて

真っ白い紙を前にして何日間か固まってしまった。

なぜ撮ったのか、何を伝えたいのか。うーん、苦手だなぁ。

撮ったのは反射的なものでぐっときたからだし、でもそうも言っていられない。

時間がかかったけどなんとか書き終えてみると、たしかに言葉が添えられたら

写真に対して違ったとらえ方もできるし、理解も深まる気がする。

 

尊敬してやまない写真家の川内倫子さんや長野陽一さんの書く文章も

それぞれお人柄がにじみでていてとってもステキだ。

考えてみたら、たくさんの写真家の人が文章を書いていることに気がついた。

写真と言葉にはなにか深い関係があるのかもしれない。

 

 

 

 

 

カメラとわたし

 

私とNikon FM2の付き合いはもうすぐ20年になろうとしている。

フルマニュアルのカメラが欲しいなと思っていたときアルバイト先の

写真屋さんで基本を学ぶにはFM2がいいらしいと聞き、すぐ買いに行った。

 

同じNikonの f1.4の開放値のレンズをつけてファインダーをのぞいた時の

気持ちよさと、手になじむずっしりとした重さが大好きになった。

歩きなれたいつもの景色もFM2を通して見るとドラマチックに見えて

一緒に出かけると(さぁ、撮影するぞ!)というスイッチがはいる。

 

写真を撮ることは好きだけど、機械そのものにはあまり興味がないらしく

もっといいカメラが欲しいとか、中判が欲しいなどと思うこともなく

専門学校の授業用に買った50ミリレンズをつけていまだに撮影している。

 

何回かコンクリートの地面に落としたり、海で潮風に吹かれたりとハードな

使い方をしているからへこんだり、塗装がはがれたりもしているが

まだまだ撮影に付き合ってほしいと思う。お手入れをしながら

おばあちゃんをいたわるような気持ちで時々さすったりしている。

 

 

 

1