an apple

 

SNSから距離をおくようになって、ぽっかりとした時間ができた。

何気なく見ていたけど、けっこうながい時間見ていたんだと気づく。

何をしようかなぁ。そうだ、英語を勉強しようと思い立った。

 

学生時代たしか英語は好きな科目だったはずだけど、どーゆうわけか

いまの自分の英語のレベルは限りなく0に近い。

英語の曲を聴いて涙がでるほど感動しているのに、歌詞の内容はまったく

わかっていない。海外旅行に行って、ほぼひと言も英語をしゃべらずに

(同行者まかせ)帰ってきたときはさすがに反省した。

 

少しでもわかるようになったら楽しいだろうなと、本屋さんに向かった。

他の言語にくらべ英語の本はたくさんあって、どれにしたらいいか迷う。

60才からはじめる英会話という本をみつけ、シニア向けなら簡単かも

しれないと手にとってパラパラと中を見ると「孫はかわいいねぇ」という

例文で、おっとこれはまだ早いと棚に戻す。

迷ったすえ、中学英語をやり直すという本をレジに持っていった。

 

家に帰って、やる気満々でページを開くと最初のテーマは名詞。

名詞、動詞、形容詞、冠詞?…まずはこの日本語の意味から調べること

になる。名詞には「a ・an・ the」をつける、か。

やたらと「a」がつくと思ってたけどそーゆうことだったのね。

へぇ〜なるほど〜、と満足してしまいそこから先に進まない。

 

こんな調子ではたして、英語を話せるようになる日はくるのか。

おばあちゃんになる頃にはきっと。maybe…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとりごと

 

手渡した言葉が、相手になにか違う意味にとらえられてしまったようで、

ええっ!そーゆう意味じゃなかったんだけどなぁ…とあわてる。

大人になっても想いを伝えるのは、なかなかどうしてむずかしい。

いまはSNSの時代だけど、できるなら直接会って話す、その人のもつ空気

を感じながら、というのがやっぱり一番じゃないかと思う。

 

家族、友達でも同じこと。時間は永遠にあるわけじゃない。

言わなくてもわかってくれているはずと考えるのはきっと甘えていて、

大切なことは言葉にして相手に伝える必要があるんじゃないか。

最近、そんなことを考えている。

読書の秋

 

町を歩くと、どこからかふんわりと金木犀の香りがしてうれしくなる。

ご近所の栗園では生栗や焼き栗が買えるそうで、販売日には行列だ。

秋といえば読書と胸を張っていえるほど本は読まないけれど、日記や

エッセイが好きで高山なおみさん、いしいしんじさん、川上弘美さん

、服部みれいさんなどの本を図書館で借りては読んでいる。

 

ふと気がついたけど、日記以外にもハマっているジャンルがあった。

「誰かがお店をはじめる」という内容の本だ。

渋谷のすみっこでべジ食堂、わたしの小さな古本屋、ガケ書房の頃、

花屋になりたくない花屋です。

お店をはじめることになった経緯から、場所探し、内装にまつわる

あれこれ、開店してからのできごとが書かれている。

自分の実家が自営業だからだろうか、読んでいるとやけに感情移入して

しまい、一緒にお店をつくっているような気分になっている。

経営することのむずかしさや、お客さんとの関係、店主のこだわり。

自分の子供のようにお店を守ろうとしていて愛情が伝わってくる。

 

最近読んだのは、東京の桜新町で「砂の岬」というカレー屋さんを

されている鈴木さんご夫婦の本、不器用なカレー食堂だ。

学生時代のこと、2人の出会い、初めてインドに行ったときのことや、

お店をはじめるまでのエピソードがそれぞれの言葉で書かれていて

ご本人は不器用と言っているけれど、その姿はとても真摯で泣けてくる。

一気に読むのがもったいなくてちびちび読み進めた。(途中2回ほど号泣)

インド人はそんなに頻繁にチャイを飲むのだろうか?バナナの葉っぱが

お皿がわり?!すっかり影響されて、インドに行ってみたくなっている。

 

 

平成さいごの夏

 

今年は梅雨明けがいつもより早くて(ちょ、ちょっと待ってー!)

心の準備ができていないまま、容赦なく夏ははじまった。

テレビをみていると盛んに「平成さいごの夏」だと言っている。

そう聞くとせっかくだから何か思い出に残るような特別なことをしよう

かとも思うけど、暑すぎてけっきょく家でダラダラしている。

 

そんなことよりも…。

秋に誕生日をむかえる私にとってはこれが30代さいごの夏なのだ。

木々の葉が色づきはじめるころには、未知のゾーン40代に突入する。

なにか30代のうちにやり残したことはないかしら?と考えてみる。
インドに行って人生観をかえるとか?思いきってスカイダイビングとか?

そういえば、金髪にしてみたかったんだっけ。急に焦りはじめて迷走する。

「39歳から40歳になる時ってどうでした?」人生の先輩たちに聞いて

みても「別にぃ〜」というそっけない答え。そんなものなのかなぁ。

ふと見まわしてみると、周りの40代はマイペースでなんだか楽しそうだ。

 

この頃、図書館で借りる雑誌が「ミセス」や「婦人之友」になってきた。

おばあちゃんの暮らしぶりみたいな本も好き。お気に入りの飲み物は白湯だし、

夜は9時すぎるともう瞼をあけていられない。一人でじたばたしているけど、

ゆっくりとそして確実に大人の階段をのぼっているのだった。

 

 

 

花束のゆくえ

 

私が子供のころ、女の子のなりたい職業ベスト10にケーキ屋さんなどと

並んでランキングされていた「お花屋さん」で働いたことがある。

 

母の日の短期バイトの募集があり、私と2人の女の子の3人が採用された。

町のお花屋さんにしては広めで、手ごろな値段で切り花や鉢植えが購入できる。

うっとりするような香りに包まれてかわいい花束を作ったりするんだろうな…

そんなイメージのままバイトに行った初日、それはそれはハードな仕事だった。

5月とはいえ水は冷たく、花の入った重いバケツを店内中あちこち移動させる

(腰にくる)、バラのトゲがささる(すんごく痛い)。

入荷したばかりの大量の枝には葉っぱがついたままで、とりのぞく作業をした

あとは爪の中まで緑色になって、洗っても数日間とれなかった。

お店にはバラを100本買っていく人、照れくさそうに小さいブーケを買う

男子学生。次々にいろんな人がやって来てうれしそうにお花を選んでいる。

あの花束は誰のところにいくんだろう、とつい想像してみる。

 

お祭りのような忙しさだった母の日の営業を終えて、閉店後に掃除をしている

と作業台でベテランスタッフの人がまだ何かをせっせと作っていた。

こんな遅くまで大変だ、とチラッと見るとその顔はなんだかにこにこしている。

短期バイトはこの日で終わり。お店にはしんみりとしたムードがただよっていた。

10日間くらいだったけど、やっぱりお別れはせつない。

お世話になりました、とひと言ずつあいさつしているところに花束が登場した。

3人それぞれに合わせたお花でつくられていて、私がもらったのは赤いガーベラ

と、ピンクのアルストロメリアがかわいらしく束ねられていた。

さっき作っていたのはこれだったんだ!

先輩たちからのお疲れさま、ありがとうの気持ちがそこにこもっていて、

疲れてよれよれだった私は、サプライズプレゼントに思わず泣きそうになった。

花束を持って電車に乗るのはうれしくもなんだか恥ずかしくて、そーっと何度も

眺めながら大切に抱えて帰り、すぐに家にあったガラスのコップに挿した。

 

花束をもらうことが、こんなにうれしいなんて今まで知らなかった。

いろいろな気持ちを伝えることができる、花束の効果はすごいなぁと思った。

 

 

 

 

 

 

kumquat

 

この冬、空前のきんかんブームが到来した。

きっかけははちみつきんかんのど飴。何がきっかけでハマるかわからない。

もともと柑橘類の皮が大好きでオレンジピール、レモンピール、ゆずピール

なんかをみつけると買っていたけど、きんかんは今までノーマークだった。

近所の家に立派なきんかんの木があって、たわわに実がなっているというのに

収穫している様子がなく、いつもうらめしく見上げながら通りすぎていた。

先日スーパーで宮崎産のきんかんが安くなっているのを発見、初めて買ってみた。

生でひとつかじってみるとあまりのおいしさにびっくり、だってほとんど皮。

果実はほぼなくて、小さな種が4つくらいある。これは皮好きにはたまらない。

 

今回は甘露煮を作ってみようとクックパッドでいちばん簡単そうなレシピを

検索する。材料はきんかん、砂糖、水だけ。うん、これなら私にもできそう。

ところが分量の砂糖の多さにひるんでしまい、勝手に量を減らしたせいなのか

作りはじめてすぐにきんかんがしわしわになってしまった。これ以上煮たら

ただのジャムになってしまう。失敗だ。パティシエあきらめてよかったな…。

そもそも食べたことがないから、なにが正解かよくわからない。

ただしく作るにはまずは正解を知らなくては、と言う理由をつけてずっと

欲しかった太陽色にかがやく榮太樓の金柑の甘露煮を奮発して買った。

 

新年、ある一日

 

1月某日。

10時間以上寝た。爆睡。実家とはいえ帰省はそれなりに疲れるらしい。

家の近くにある神社にも初詣。こぢんまりしてるけどこの地域の氏神さま。

おみくじをひいたら久しぶりの大吉!うれしくて枝に結ばずにお財布にしまう。

「恋愛 自我を抑えよ 縁談 自己主張を慎むこと」とある。うむ…。

 

吉祥寺に行きセールで狙っていたコートを無事にゲット。何度も下見していた

から店員さんに顔を覚えられていた。茶色と黄色で迷ったけど無難な茶色にする。

小ざさのようかんと、さとうのメンチカツを求めて人々は今日も行列している。

 

バスに乗って東伏見駅へ。写真家の尾仲浩二さんに教えてもらった西村カメラさん

に現像をだしに行く。仕上がりを待っている間、お気に入りの喫茶店に行ったら

とても混んでいた。そうか、まだ世間はお正月休みなんだ。

あきらめてファミレスへ。隣の席ではおばあちゃんと孫が2人でご飯を食べていた。

小学校にあがる前くらいの歳の男の子はミニカーで遊ぶのに忙しい。

持ってきた西川美和さんのエッセイを読む。ひとつの話を読み終わると映画1本

みたような気分になる。さすが監督、どの話もおもしろい。しかも男前。

ドリンクバーからカフェラテとカプチーノを交互に持ってきて夢中で読む。

 

3時間後、現像とインデックスが仕上がった。去年の秋からこの年末年始に

撮ったフィルム18本分を抱えてほくほく。家に帰ってからゆっくり見よう。

東京も寒いなぁ。駅前で金髪のギャルが年賀状をポストに投函している。

帰りのバスの車内はつよい西日が射していた。街はまだまだお正月ムード。

 

年末の雑記

 

早いもので2017年もあと2日になった。

今年は10月からちょっとずつ大掃除をはじめてたから、のんびりした年末。

東京はお天気がいい日がつづいて気持ちがいい。ラジオからユニコーンの

「雪が降る町」が流れてる。ね、ん、ま、つだから〜と一緒に口ずさむ。

占いによると天秤座は12年に1度の幸運期だったらしいのだけど、何か

すごくラッキーなことあったかな?はて?とくに心当たりがない。

でも、こうして無事に年末を迎えられているだけで充分かもしれないな。

 

12月になってぼーっと今年食べたおいしかったものベストテンを考えていた。

佐渡の「やち」お母さんのチキンカレー、上田ルヴァンのフレンチトースト、

松本の喫茶ヤマベボッサのかぼちゃと白ねぎのキッシュ。

あれ〜?もっとあるはずなのに意外に思いだせないものだなぁ。

 

なんて思いながら佐渡の姉さんこと、焼菓子ヒガナさんのフェイスブックを

みていたら、今年お世話になった人ベストテンを考えてるー!(勝手に)

反省しました…。私も今から急いで考えよう。たくさんいるはずだよ?

写真展も東京と佐渡で2回させてもらえて、いろいろな方にお世話になった。

ひきつづきの方、はじめましての新しいご縁の方にも感謝です。

 

みなさま、今年もありがとうございました。

よいお年をお迎えください。

湯気のまち 

 

ローカル線とバスを乗りついでたどりつく、山にかこまれた温泉地。

小さなまちに旅館とお土産屋、そば屋や喫茶店がくっついて並んでいる。

あちこちからおまんじゅうを蒸している湯気や温泉の白い湯気が立ちのぼり、

ほそい路地に入ると旅館の厨房からおいしそうな料理の匂いがただよってくる。

私の実家はそこで鮮魚店を営んでいる。高校をでて家業に入った父は四代目。

朝早くからお店で働く両親たちの声、お客さんが石畳を歩くカラコロという

下駄の音で目が覚める。こんな風にして一日がはじまる。

 

昔から両親たちの働いている様子を見るのが好きで、居間についている

小さな窓からこっそりのぞいたり、お店に行っては飽きずに眺めていた。

たいてい「しりとり」なんかして話し相手になってもらっていたけど、たまに

おやつを配ったり、お茶を注いだりすると役に立っているようでうれしかった。

一年でもっとも忙しくなる大みそかは私たち兄弟も手伝って家族みんなで働いた。

 

夕方ようやくすべての仕事を終えて、今年もありがとうございましたとそろって

神棚に手を合わせ、紅白を見ながらいつもよりごちそうが並んだ食卓を囲む。

くたびれているけどほっとひと息、まるで一年の打ち上げみたいな特別な夜。

除夜の鐘が聞こえはじめたら、コートを着込んで坂の上にある神社に初詣へ。

雪の多い年は歩いて行くのが大変だけど、そのあとに立ち寄るお寺で振る舞われる

あたたかい甘酒やとん汁を楽しみに、よっこらしょ…とこたつから抜け出す。

「おめでとうございます」すれ違う近所の人たちと新年のあいさつを交わし、

きりっと冷たい空気にまた新しい一年がはじまると身がひきしまる。

わが家の大みそかはいつもだいたいこんな感じだ。

 

親の働いている姿を見られることはとても貴重なことだなぁと思う。

お店は今も続いているけれど「いつまで営業するかはわからない」と父は言って

いて、閉店するかもしれないその日を想像しただけでしんみりとさみしくなる。

子供の頃から生活のなかに当たり前にあった愛おしい光景を少しでも残して

おきたくて夏と冬、帰省するたびに撮影している。

 

 

 

 

喫茶店、ラブ

 

わが家では3時になると母のお手製のおやつがよく登場した。

健康志向の母が忙しい仕事の合間にせっせと作ってくれたおやつの定番は

蒸しパンやヨーグルトのババロア、おやきといったヘルシーなもの。

どれもおいしくて、遊びにきていた友達にもとても好評だった。

しかし、たまにはよそいき顔のはなやかなおやつが恋しくなる。

 

親戚のおばさんに連れられて、近所の喫茶店にいくのが楽しみだった。

茶色くほの暗い店内のカウンターに座り、生クリームがちょこんとのった

コーヒーゼリーに添えられてきたガムシロップを慎重にかける。

大人たちの会話をそれとなく聞きつつ、小さなスプーンでひと口ずつ大切に味わった。

母が留守のときは、父が「内緒だぞ」と喫茶店のようなスナックのような不思議な

お店からチョコレートパフェの出前をとってくれた。

歩いても1分かからないくらいの距離なのに、なぜか出前だった。

細長いグラスにコーンフレーク、その上にバナナやアイスがこんもり盛り付けられて、

チョコレートシロップがかけられたうるわしい姿のパフェが届くとうっとり眺めた。

畳のうえのパフェ、それはもう夢のような出来事。うれしかったなぁ。

子供の私にとって喫茶店とは、日常にぱっとあらわれる特別な空間だったのだ。

 

旅先や散歩の途中、気になる喫茶店があるとふらりと立ち寄るようになった。

そのお店ごとにちがう雰囲気やメニューを見るといまだにワクワクする。

好きなとき、自由に喫茶店に行ける。あぁ大人って素晴らしい…。